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【減税日本】河村たかし名古屋市長が設立した党!維新の会や保守党との関係は?

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愛知・名古屋を中心に活動する減税日本とは?

知名度の高い河村たかし名古屋市長が設立し、国政に議席を持ったこともあり、現在も国政政党との連携などで度々話題にあがります。

この記事では、そんな減税日本について解説していきます。

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地域政党「減税日本」概要

  • 代表:河村たかし
  • 幹事長:北角嘉幸
  • 設立:2010年
  • 略称:減税

設立の背景

事の始まりは、2010年までさかのぼります。当時名古屋市長であった河村たかし氏は、「市民税恒久的10%減税」「ボランティアの市民が市予算の使い道の一部を決める『地域委員会』の創設」「議員報酬の半減」の3つの政策を実現する条例案を名古屋市議会に提出しました。

しかし、いずれの条例案も2010年2月の採決で否決され、同年4月21日に行われた採決でも再び否決されました。4月の採決では1人の賛成しか得られなかったため、河村市は議会に対しリコールを要求。同時に自身の政策を実現するため、2010年4月26日、自らが代表となって、地域政党「減税日本」を結成しました。

河村たかし氏が減税日本を結成

リコール後の名古屋市議会において、減税日本は過半数には届かなかったものの、28人の公認候補を当選させ第一党となります。それからおよそ1ヶ月後に行われた統一地方選挙において、愛知県議会議員13人のほか、6人の地方議員が当選。

2012年10月には民主党を離党した国会議員5人が加わり、国政政党となります。

日本未来の党と合流する

2012年11月に衆議院を目前に控えていたため、河村氏は5人の国会議員とともに、「太陽の党」への合流を目指しました。しかし、太陽の党は同年11月16日に衆議院が解散したことによりわずか5日間で消滅。最終的に滋賀県知事嘉田由紀子氏が立ち上げた「未来の党」へと合流することになります。

同年12月16日に行われた第46回衆議院議員総選挙において、減税日本出身の候補者らは日本未来の党の公認を得て立候補していましたが、全員が落選してしまいました。

総選挙後、日本未来の党は「生活の党」と「日本未来の党」に分裂します。しかし減税日本はいずれの党にも加わりませんでした。

減税日本はその後も日本維新の会、希望の党などの共同公認候補などを国政選挙に擁立していますが、党として国政の議席回復には至っていません。

現在は、日本保守党と連携を深めています。

政策

減税

現在日本は、減税が行財政改革の強力な推進力となり、経済活性化にも寄与すると主張しています。また、地方税を減税することにより、自治体間競争を誘発させ、より良い行政サービスの提供とコンパクトシティ化が後押しできると述べています。

議員報酬の大幅削減

議員の報酬が高いと長く議員をやりたくなり、議員の家業化、指定席化につながると指摘。議員報酬を大幅に削減することで、お金のためでなく、世のため人のための議員が集まると考えています。

子どもの自殺防止

なごや子ども応援委員会のさらなる充実や、先進国で唯一日本だけ行っている高校入試の抜本的改革を通じて子どもの自殺を無くそうとしています。

中央集権の打破

ほかにも、地方自治において国家の影響力を少なくし、NPOなどによる「新しい公共」がそれを補完することを目指しています。他にも道州制の導入に賛成しています。

まとめ

愛知県に地盤を持つ地域政党、減税日本。河村たかし代表の動向や国政政党との連携など、愛知県内にとどまらず話題にあがることも多い地域政党です。

どのような選挙に挑戦していくのか、どのような政策を打ち出していくのか、今後も目が離せません。

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政経百科編集部
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