【萩生田光一】元文部科学大臣の統一教会との関係や生い立ち・経歴、政策などを分かりやすく解説!
党政調会長・文科相・経産相を歴任「はぎうだ光一」とは?
党政調会長や文部科学大臣などを歴任し、次期総理候補に名前が上がることも少なくない萩生田光一衆議院議員。
これまでどのような経歴を辿り、どのような政策に力を入れてきたのでしょうか?
プロフィール
- 生年月日:1963年8月31日
- 現職:衆議院議員
- 学歴:早稲田実業学校高等部→明治大学商学部卒業
- 閣僚経験:経済産業大臣、文部科学大臣、教育再生担当大臣を歴任
- 過去の党内での役職:政務調査会長、幹事長代行、総裁特別補佐・筆頭副幹事長、選挙対策委員会事務局長、副幹事長、青年局長を歴任
政治家になるまでの生い立ち
1963年東京都八王子市に生まれました。
八王子市立ひよどり山中学校を卒業後、早稲田実業学校高等部へ進学します。高校時代の萩生田氏は、卒業パーティーのパーティー券を売り歩いているのがバレて停学処分を受け、高田馬場で朝鮮高校の生徒と乱闘になり2度目の停学処分を受けました。
そのため早稲田大学の推薦入試を受けられず、1年の浪人を経て、明治大学商学部に入学します。
大学在学中から黒須元八王子市長(当時八王子市議)の秘書を務めていました。
地方議員時代
1991年、八王子市議会議員選挙に出馬し最年少(27歳)で初当選を果たします(以降後 2回連続で当選)3期計10年間、八王子市議会議員を務めました。
2001年6月の東京都議会議員選挙に自民党公認で出馬し定数5のところを1位で当選します。
2003年の第43回衆議院総選挙では、自民党公認で東京24区から出馬し、民主党現職を破り当選しました。
衆議院議員としての経歴
2005年の衆議院選挙にて2回目の当選を果たしたのち、2006年には党青年局長、2007年には党副幹事長に起用されました。
2008年には、福田康夫改造内閣で文部科学政務官に任命されます。
旧統一教会との関係
2009年の第45回衆議院総選挙で、民主党の阿久津元衆院議員に敗れ落選します。落選後は、加計学園千葉科学大学危機管理学部で客員教授を務めました。
また落選期間中、統一教会の八王子市の教会に通い続け、教団の関連団体「平和大使協議会」の平和大使を務めた。入山聖基教会長は「萩生田さんは安倍さんの側近。政界に戻すことが神の計画だ」と信者を指導しました。
2012年12月の衆議院選挙で、統一教会関係者はビラ配りやポスター張りや電話かけ、街頭演説での聴衆の整理など、あらゆる支援を行い、萩生田氏は当選し、3年ぶりに国政に復帰しました。
国政復帰直後の2013年1月、党総裁特別補佐に就任し、その後2013年10月には党筆頭副幹事長に就任しました。
2015年10月第3次安倍第1次改造内閣で内閣官房副長官に任命されます。
閣僚としての取り組み
萩生田氏は2019年9月11日、第4次安倍第2次改造内閣で文部科学大臣兼教育再生担当大臣として初入閣しました。
文部科学大臣として
小中学校で1人1台端末の導入を軸とした「GIGAスクール構想」では当初、2023年度までに配備を進める予定だったが、新型コロナの感染拡大を受け、目標を「2020年度中」と大幅に前倒しさせ、2021年度よりほぼ全ての市町村で1人1台端末が実現しました。
この他にも、義務教育標準法を改正し、小学校のすべての学年の35人学級化に道筋をつけます。
経済産業大臣として
2021年10月第一次岸田内閣では、経済産業大臣、産業競争力担当大臣、ロシア経済分野協力担当大臣、原子力経済被害担当大臣、内閣府特命担当大臣(原子力損害賠償・廃炉等支援機構)に任命されます。
党政調会長就任後
萩生田氏は2021年に自民党政調会長に就任しました。
2023年12月9日、自民党安倍派の政治資金パーティーをめぐる問題で、裏金のキックバックを派閥から受け、政治資金収支報告書に記載していない疑いがあることが明らかとなりました。12月14日、自民党政調会長の辞表を岸田総裁に提出し、12月22日に辞任しました。その後党役職停止1年間の処分を受けます。
2024年7月16日、都知事選と同時に行われた都議会議員補欠選挙での自民党の大敗を受け、萩生田氏は東京都連会長を引責辞任すると表明しました。
政策
半導体政策
経済産業大臣在任中、レモンド米国商務長官との間で40年振りに日米半導体協定を結び、サプライチェーンの相互補完や次世代半導体の研究開発に繋がりました。
また党政調会長の立場では国内投資促進の重要性を訴え、世界初2ナノメートル半導体の量産化を目指す国産企業Rapidusの設立等を後押ししました。消費電力を減らし、処理のスピードを上げるための2ナノ、そして、その先の微細化に向け、有志国との連携を強化しながら国内増産を目指しています。
教員なり手不足解消へ
「世界に冠たる質の高い公教育を作っていくことが最大の少子化対策でもあります」と述べるなど、教育環境にも強い関心を持っていました。
元文部科学大臣として教員不足解消を目指しており、教員の負担軽減と待遇改善を議論する特命委員会を自民党内に立ち上げます。
特命委は公立学校の教員に残業代の代わりに支給されている「教職調整額」の引き上げに加え、学校現場を支えるスタッフの大幅な増員なども提言しました。
これを受けて政府は骨太の方針2024に「来年の通常国会へ教職調整額の引き上げのための改正法案を提出するなど、教師の処遇を抜本的に改善する」と明記しました。
まとめ
八王子の地方議員から、大臣・党三役まで上り詰めた萩生田光一議員。
果たして、自民党総裁・内閣総理大臣となる未来は来るのでしょうか?
今後も動向や発言に注目が集まることでしょう。
参考になるサイト
- はぎうだ光一オフィシャルサイト|https://www.ko-1.jp/
- 現代ビジネス|【独自】バンカラ早実時代の「番長列伝」を萩生田光一政調会長に直撃!《二度も停学を食らった武勇伝の真相》|https://gendai.media/articles/-/105949