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【万国博覧会】第1回万博の開催地や定義、歴代日本で行われた万博などを解説!

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万博とは?歴史や過去の開催地は?

2025年にEXPO25 大阪・関西万博が開催を控えています。大阪では1970年に千里丘陵で日本万国博覧会が開催されており、それ以来の大イベントとして注目を集めています。そもそも万博はどのような歴史があるのでしょうか。

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万博とは?

博覧会の名を冠したイベントは、過去にも多く存在します。厳密な定義で言えば万博とは国際博覧会条約に基づいて行われるものを指します。複数の国が参加するイベントであり、EXPO(エキスポ)と呼ばれています。国際博覧会条約は1928年に締結されており、国際博覧会事務局によって承認された博覧会が正式なイベントとなります。博覧会には登録博覧会と認定博覧会の2つがあります。2025年に大阪で開催される博覧会は登録博覧会になります。

登録博覧会は、開催間隔は5年おきであり、開催期間は6ヶ月以内、テーマは普遍的・総合的な内容とするなどいくつかの条件が課されています。

最初の万博はどこ?

世界各国からさまざまな物品を並べて一箇所に展示する博覧会の歴史はフランスから始まりました。1798年に第1回の博覧会が開催され、1849年まで11回が開催されました。ここまでは国内博として開催されました。

その後、1849年にフランスの首相が国際博覧会を提唱し、1851年に第1回の国際博覧会がイギリスのロンドンで開催され、万博の歴史が始まります。1967年のパリで行われた第4回の万国博覧会では現在もパリの観光名所となっているエッフェル塔が建設されました。

日本初の博覧会は1970年に大阪で行われた日本万国博覧会です。日本初であるとともにアジア初の大会でもありました。

日本の初参加はいつ?

それでは日本の博覧会の参加はいつからはじまったのでしょうか。その歴史は古く、1867年に開催されたパリ万博に日本が初めて参加しています。万博の開催時期は4月1日から10月1日でした。万博が終わった後、日本では大政奉還が行われ江戸から明治へと時代が移り変わります。江戸時代の最後の年に日本がパリの万博に参加していたのです。参加したのは幕府、佐賀藩、薩摩藩の3つでした。この時、薩摩藩は薩琉勲章(さつりゅうくんしょう)を作成しています。薩摩と琉球(現在の沖縄)が日本とは別の独立国であると国際社会へ訴えようとしたねらいがあったと言われています。

日本開催の万博

1970年の日本万国博覧会がアジア初にして日本初の博覧会となりました。その後、日本で開催された博覧会の歴史は1985年に茨城県で開かれた国際科学技術博覧会が開かれました。科学万博やつくば万博などの名称で知られます。1990年には大阪で花と緑の博覧会(花博)が開かれています。これは特別博の扱いです。2005年には愛知県で日本国際博覧会が開かれます。愛知万博や、愛・地球博などの名称でも知られています。こちらは登録博の扱いです。

まとめ

万国博覧会の歴史は18世紀末のフランスに始まります。最初は国内の物品を展示する博覧会でしたが、世界各地の展示を集める国際博覧会へと発展します。日本は幕末にパリ万博へ参加したのと皮切りに継続的に出品を行ってきました。日本初の開催となったのは1970年の大阪万博です。以降、つくば、愛知などで万博が開かれてきました。

参考になるサイト

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政経百科編集部
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